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二条城の素顔・京都で唯一の神社仏閣でない世界遺産

昨春、とあるリレーマラソンに参戦した際に、足を引っ張ってはいけないとランニングを始め、そのまま継続しています。

毎度、自宅近所の二条城のお堀を周っていますが、交差する道路も信号もないので、延々走れて快適です(ただし、観光客でごった返す昼間を除きます)。

そういえば今月は「二」月ですし、市民から見た「二」条城の話題でもいかがでしょうか。

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□ 二条城の特徴

まずはさらりと物件の解説を。

・築城時期/目的

徳川家康の命で、1603年に完成。現在見ることができるのは、その後三代将軍家光が、後水尾天皇行幸の際に改築した姿です。

元は家康の、京都上洛の際の宿泊拠点という位置づけで建設されましたが、征夷大将軍を任じられた徳川こそが、豊臣に代わり天皇を守り日本を治める存在である、ということを天下に知らしめるための、政治的な意図が随所に込められています。

・戦うための城ではない

築城当時は戦国時代も終わりを迎える時勢。平坦な土地に豪華な内装や庭園を伴って建設された反面、戦闘のための設備や仕掛けは少なくなっています。

・現存する二の丸御殿に魅力が凝縮

日本の城というと、姫路城や松本城など、現存する天守が注目を集めます。
二条城の天守は残念ながら焼失してしまいしたが、二の丸御殿は、往年のまま現存する建物です。

そもそも、実際に大名が居住したり、会見をした場は天守ではなく御殿の方であり、「ザ・城!」としての見た目はともかく、こちらにこそ当時の文化や暮らしの片鱗が色濃く残っています。

なお、現存する御殿は全国でたったの4つ、うち国宝指定を受けているのは唯一ここ二条城だけです(世界遺産でもあります)。

・徳川家の威容を見せつけるショールーム

この御殿が、なんというか、凄まじい作りになっています。

牛車がそのまま入れる大規模な車寄せ、圧倒的な狩野派の障壁画、幾度も曲がる複雑な廊下により必要以上に大規模な建物に見せる仕様、将軍の座位まで無駄に遠い大広間などなど、そこらへんの地方の弱小大名ならば「ぶったまげる」ような演出がそこここに施されています。

(↓下記にて、一部ご覧になれます)
http://www2.city.kyoto.lg.jp/bunshi/nijojo/nijoujou0930amana-p/nijoujou0930amana-p/tour.html

我々小さな会社のサラリーマンも、何かの間違いで大会社の本社ビルを訪ねさせられると、案の定圧倒されまくるのですが、こういった人間の認知様式は昔も今も変わっていないのでしょうね。

分かってやってるんなら、実に嫌らしいですね。

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□ 江戸時代の幕開けと、終焉を見届けた場所

・征夷大将軍、任命の儀

その時は重臣や公家衆を多数招き、盛大に祝賀の儀が行われたようです。
数年後、豊臣秀吉の後継者・秀頼と家康が初めて顔合わせをしたのも二条城でした。ある意味、ここを舞台に江戸時代の幕が開けたとも言えるでしょう。

・大政奉還

15代将軍慶喜が、ちょうど150年前に大政奉還を宣言したのは、二の丸御殿の大広間であったことはあまりにも有名です。

その後、二条城は一旦宮内庁の管轄となり、1940年に京都市に下賜されるまでは「二条離宮」と称しました。

このため、現在も「元離宮二条城」が正式な施設名となっています。

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□ 最近の二条城(市民とお城の関係)

ここまでの話は、よほどの歴史好きな方でなければ、普段はあまり意識しないものです。

ここから先は、近隣住民の二条城との「普段着の付き合い」でございます。
さて、そんなものを公開したり、提案したりする意味はあるのか、疑問ではありますが…。続けます。

・ランニングコース

京都のまちなかにある一周1.8kmのコースとして、朝早くから夜遅くまで、
大勢の市民に親しまれております。

都民ランナーにとっての皇居が、京都市民ランナーにとっての二条城…なのかな?
一周5kmの皇居、3.5kmの大阪城に比べると随分短いのが、二条城のコンパクトさを物語っていますね。

ちなみに二条城は市の管理ですので、営業は9時5時です。近隣に集客力の高い見どころがあまりありませんが、これも高ポイント。時間帯を合わせると、大体いつも同じメンツがぐるぐる、ぐるぐると走り回っております。

ちなみに、ポケモンGOが流行ったときは、「お散歩コース」としても脚光を浴び大変でしたが(ポケストップが多すぎる)、今は落ち着いています。

そうそう、走っていると、気になることが。
道路の東西南北と城郭が、ちょっとズレているんですよ。

自分が走る歩道から城壁までの距離が、進むにつれて、遠くなったり、近くなったりしている。

これは、元々あった「道路」が北極星を目印に引いた平安京の街路を原型にしていて、後から作った「城」は当時最新の方位磁針を参考にしたために生じたズレなのだとか(角度にして、2度)。

家康に言わせれば
「私の城が曲がっとるのではなく、平安京が曲がっとるのぢゃ!」
といったところでしょうか。

・突発的イベント

二条城、いち市民感覚ですが、かなりイベント好きです。

<ライトアップ>
せっかくだから夜桜見物しようというイベント。

<結婚式>
各種ウエディングプランもご用意しております。
http://www.lst.jp/nijojo/

<京の七夕>
祇園祭も終わった観光の谷間の集客を狙った、手作り感溢れるイベント。

<アートアクアリウム城>
なんやよう分かりませんが、金魚を愛でる集まり(雑)。

<展示会>
最近、フェラーリなどのヴィンテージカーを展示してました。何の意味があるのかは知りません。

<マスコミ撮影>
イベントではないですが、よく撮ってます。テレビに雑誌、旅番組から文化特集、時代劇までなんでもござれ。

正直、近隣住民は、刻々と伸びゆく行列を観察できすぎて、その超絶な混みっぷりに並ぶ気を削がれ(走る気も)、結局行けずに終わるんですよね…。

遠くから来ていればこそ「せっかく来たんだから!」と心を奮い立たせられるところ、日常の延長線上である我ら住人は、あまりにも厳しい現実を前に「また今度でいいや」と薄弱な意思を打ち砕かれてばかりです。

・市民講座

クリスマスリース作りや、ミニ門松作りなどに妻が参加していました。

城内には、庭の世話をする専門の職員もおり、その方のレクチャーを受けながら作ってきた作品は、むちゃくちゃ本格的で驚きました。
さらに、お土産で「城の土」をいただいたりしてましたけど、甲子園みたいで面白いですね(いや、記念品でなく、園芸用です多分)。

お茶会や着付け教室、十二単を着よう!などという催しも度々ありまして、ネット上での告知は殆どなく、参加者は市民新聞で募っていることが多いです。

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ともあれ、現代の二条城は、きっと江戸時代とは比較にならないほど親しみやすい場所になっています。

つい70年余り前まで、限られた人しか踏み入れることが許されなかった場所であったことは、確かなのですから。

平和な時代で良かった。身分の差が小さな時代で本当に幸せだ。ふとそんなことも感じられる、観光スポットと括るには惜しい、歴史遺産です。

特に春節の終わった後、二月の二条城は静かで、良いですよ。
ただし、寒さ対策は万全に!

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