最近の京都は、報道の影響もあって、すっかり「オーバーツーリズムの街」というイメージが定着してしまいました。
いつ行ってもひどい混雑でバスには乗れないし、人、人、人で落ち着いて観光できない。うるさい観光客ばかりで、マナーも良くない。ホテルも高い。せっかくの休みなのに、そんなとこ行っても疲れるだけ。
悲しいかな、否定できない部分もあると思います。
京都は長年「国際観光都市」として売り込んできましたし、注目も集めてきました。
しかし、このような状況を見るにつけ、京都の何が人々を魅了し、惹きつけているのか?という点について、一人の住民として(特に近年は)違和感が増す一方です。
要は、昨今のビジュアル優先、表層優先のSNS文化の影響により、京都がテーマパーク同然、単に「記号」として「消費」されているだけのように感じるのです。いや、それは別に今に始まったことではないのですが、その傾向にますます拍車がかかり、もはやどうにも止められない気がするのです。
古き佳き古都の風情、もう少し具体的に言うと、人々の織り成す暮らしや昔から引き継いできた生活文化の発露としての「街並みと風景」や「食文化」、個人や町内会での年中行事にみられる「風習」とか「精神」「ものの見方」、その根底にある先人の思いや考えとか、そういった『目に見えない営み』が、あまりにも軽視され、無視されてしまっている気がするのです。
器から溢れる抹茶パフェ。スマホで彩度を上げまくった真っ赤な紅葉。着飾った自分たちの背景として収まっているに過ぎない寺社仏閣。
その陰で、伝統産業が廃れ、職住近接の暮らしが失われ、セカンドハウスとしてのマンションとホテルばかりが幅を利かせていく街は「生きている」と言えるのでしょうか。
見物人ばかりで曳く人がいない山鉾巡行。きれいにリノベーションされたジャグジー付きの町家民泊。カラスがつついたまま誰も片づけない路地の生ゴミ。
無名の市民がひたむきに守ってきた暮らしや営みが、少しずつ壊れていく。
住民も住民で、ややこしいからと町内会を遠ざけ、近所づきあいを失い、年中行事を失い、コミュニティや公助の機能を失い、そのような地域社会に未来はあるのでしょうか。それでも「京都に暮らしている」と、言えるのでしょうか。
個が個に閉じこもり、スマホの画面の先にしかない繋がりの中で、どうやって人を、街を育てていくのか。
その営みの10年先にある京都は、皆が憧れ、いつか行ってみたいと惹かれる京都であり続けることができるのか。
京都の片隅で暮らしを営み、変わっていく街を見つめ、町内会長として近所の老若男女の人々と言葉を交わす中で、日々このようなことを考えずにはいられません。
とは言え、あまり気負い過ぎても仕方ありません。それに「どないしたら?」に対する答えがあるわけでもありません。
昔ながらの商店街に近接する私の住む町内は、昔、丹後の方から越して来た友禅染めの職人たちがひしめき合って暮らした職人街で、ごく狭い木造住宅が密集しています。決して裕福な地区ではなかったと思われ、少し離れた(より市中心寄りの)地区と比べても、一軒一軒の家の敷地の大きさが全く違います。
先人たちが、お上のあずかり知らぬところで勝手に住み着いたからでしょうか。どういうわけだか町内の路地は全て私道で、穴が開いた道を直すのは町内会。町内にある街灯の設備は町内会持ちで、電気代も町内会で払っています。小さな防災広場にある倉庫の中には、安政何年(180年前!)とか書かれた木箱がゴロゴロ出てくる、そんな場所です。
町内には、ついこの間まで現役の染屋さんが2件残っていましたが、相次いで高齢の主人を失い、廃業されました。町のアイデンティティを失うようで、寂しく思います。しかし、お前がその仕事を継ぐのか?と言われても、それはできません。
ただ、町内の子供たちに、そんな歴史を話してやることはできます。地蔵盆を続けて、運動会にも出て、路地で顔を合わせればあいさつをして、近所に顔を知ってる大人がいたなぁと思ってもらうことはできるかもしれません。
脈々と続く地域の歴史、自分の存在がその1ページになる、それが折り重なって、街の歴史が続いていく。この理を、誰かが子供たちに教えてやらねばなりません。
そうした、自分自身が人や土地と結びついた大きな物語の一部であるという実感が、彼らが生きていく上で精神的な基盤になり得ると思うからです。
個人でできる範囲で少しだけ抗いつつ、とは言えどうにもできない大きな流れには無理して逆らわず「しゃあないなぁ」と軽やかに流し、大切な家族を守るため、しなやかにしたたかに時代を超えて生き抜いていく。
それが、支配体制が幾度も変わり、度々戦乱の舞台ともなったこの街で暮らしてきた人間、京都人の生存戦略です。
京都は、街とは、目で見える、手で触れられるものだけではなく、その街に住む人と訪れる人、一人ひとりの心の中にあると思っています。
ガイドブックやSNSの中にはない、自分だけの京都、そして、あなたの住む街を見つけて欲しい。見えにくく、分かりにくく、表現しにくい。しかし確かに息づく街の良さに気付き、それを拾い上げ、次の世代へ渡そうと試行錯誤する人が増えていくことを願っています。
変化の激しい時代。自らが変化することは大切なことです。しかし、変わらないこと、拠って立つもの、これを失うことは恐ろしいことです。
普遍的な人の生きる意味、悩み、苦しみ。先人の知恵、試み、歴史。目で見ることはできませんが、どんな土地にも、そういったものが詰まっています。
見ようとしなければ気づくこともできないが、しかし目を凝らすと、おぼろげながら見えてくる。真摯に耳を傾ければ、ゆっくりと聴かせてもらえる。いまなら、まだ。
これからも、私は一人の市民として、二児の父として、先人たちがつないできた長大な時間を、次代に教え継いでいこうと思います。
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全然ほっこりしない京都の片隅ばかりを見つめ続けて13年半、当コラムは今回が最終回となりました。
コラムを書いていたからこそ訪ねた場所、出会えた人がいました。コラムを書いていたからこそ気づいたモノ、コトがありました。時折お客様や同僚、そして社長から感想をいただいたことが、何よりの励みでした。
どこにでもある事務用品通販の会社だからこそ、何か個性を出したい。せっかく京都で商いを営んでいるのだから、京都の会社として覚えてもらおう。こういった動機で始めた連載でした。我ながら、一定の役割を果たせたのではないかと思っています。
それでは皆さま、また京都の街の、どこかの路地裏で会いましょう。
さいなら、おおきに。