京都鴨川物語

連日の猛暑で、京都盆地には今日も熱気がこもっています。
ここのところ、日中の気温はだいたい体温に近く、たまに超えていきます。
じっとしているだけで汗が噴き出してきます。

というわけで、しばし水辺の風景を思い浮かべて、脳内避暑(現実逃避)をいたしましょう。
京都の水辺と言えば、やはり鴨川です。

■鴨川の水はどこから来るのか?

京北町合併に伴い、とんでもなく山奥深くまで広がった京都市域ですが、その真ん中あたりに位置する桟敷ヶ岳に、鴨川の水源があります。
山々に降った雨が沢となり、そのいくつかが合流して川になったところが「雲ケ畑(くもがはた)地区」です。

林業で栄えた周囲は過疎化が著しく、今では人口も200名を切りました。
数年前に小中学校が廃校、民営バスも廃線となっています。
軒先に薪が積まれ、茅葺屋根から煙が立ち登る、北山の山里の風情が、難所・花背峠を越えなくても味わえる貴重な場所なだけに、今後が気がかりです。

なお、雲ケ畑は御所の上流に位置することから水源を守る意識が強く、死者が出ると遺体は村内では処理せず、峠を越えた先の村まで運んだそうです。
今でも府道に「持越峠」の名が残ります。

このあたりの鴨川は清流そのもので、オオサンショウウオが住んでいます。
そして、台風などで大水が出ると、市街地まで流されてきます。
彼らはどうやってこの山奥まで戻るのでしょう。

■京都盆地へ

川に沿い、すれ違いも困難な府道61号線を淡々と下ると、近年パワースポットとして脚光を浴びる貴船・鞍馬から流れてくる鞍馬川と合流し、間もなく京都盆地に出ます。

御園橋以南の川沿いは、特に桜が美しいことで知られています。
堤防には延々何百本もの桜の木が植えられ、春は文句なしの絶景となります。
特に北山通りから北大路通りにかけての東岸は「半木(なからぎ)の道」と呼ばれ、枝垂桜のトンネルが続いています。
対岸のソメイヨシノの並木を眺めつつ、夢見心地の散歩道です(ただし、人ごみになる前、早朝に行きましょう)。

下鴨神社を過ぎると高野川が近付いてきてYの字型に合流します。
Yの中央、三角地帯の通称が「鴨川デルタ」。
大学生たちがバーベキューをしたり、親子連れがとび石で遊んだり「けいおん(京都アニメーション製作)」などのアニメ作品や、実写映画でも度々登場することから「聖地巡り」に訪れる観光客も多く、昼夜を問わずにぎやかです。

なお、市民の間では、鴨川デルタから上流を「賀茂川」、下流を「鴨川」と
書きます。
と言っても、読みはそのまま「かもがわ」です。由緒正しき上賀茂神社に敬意を表して、とのことですが、国交省の台帳では、「鴨川」が正式で、雲ケ畑から一貫しているため、通称と言った位置づけでしょうか。

それでも、地図や看板ではちゃんと賀茂川と書いてあったりするわけですから、初めて訪れる人にとってはややこしいですね。

■市街地をまっすぐ流れ下る

高野川と合流し、流れも太くなってきて、いよいよ京都の中心部に近づいていきます。
荒神橋のあたりは京大が近く、学生のサックスやトランペットの練習の音色が響き、ランニングに汗を流す人も絶えません。
ベンチには読書に疲れてうたた寝するおじいちゃん、河原に整備された芝生の上を走り回る子たち。

こんなピースフルな空間が、比叡山に抱かれた山紫水明の景観の中に来る日も来る日も展開されています。

この光景を眺めて歩いたり、時にたたずみ、その風景の一部となったり。
私もそうですが、京都に住む人の多くは、この景色がとても好きです。
作られた「嵐山渡月橋」ではなく、荒神橋から二条大橋のこのあたりの鴨川。
最高です。

さて、東海道五十三次終点の三条大橋を過ぎれば、いよいよ京都の中でも最もにぎやかな界隈です。
今の時期は川に張り出した納涼床(ゆか=木組みのオープンテラス席)が立ち並んでいますが、その向こう側は先斗町(ぽんとちょう)です。

ストリートミュージシャンがにぎやかにライブをしている横で、カップルたちが等間隔で川べりに座る。これも京都らしい光景だなぁ、などと言いたいのですが、最近は外国人が多くて間隔が崩れてます。
他者との距離を一定に保って、などという奥ゆかしい文化は万国共通ではないので、仕方ないですね。

それに、自分たちも若かりし頃は酔った勢いでざぶざぶ入ったり、飲み潰れて吐き流したり、いろんな意味で、鴨川とは親しくさせていただきました。
風情もへったくれもないですね(すみません)。

■鴨川に寄り添う水路

さて、市中心部の鴨川には、いくつかの分流や、すぐ脇を流れる水路があり、これも独特の景観を形作っています。

<高瀬川>
森鴎外の小説「高瀬舟」で描かれた舞台で、鴨川の堤防を超えた先の木屋町通りに沿って流れています。
川と言っても、鴨川から分岐し、鴨川に合流するので、どちらかというと運河、水路ですね。
鉄道が開通するまでは、実際に米や材木などが伏見から船に乗って運ばれていたようです。
なお、京都市バスは緑の二本線がデザインされていますが、これは太い方が鴨川、細い方が高瀬川の流れを表しているのだとか。

<みそそぎ川>
高瀬川と同じく、鴨川の西側の水路のことです。
ただ、こちらは鴨川により近く、三条大橋あたりから見下ろすと、西岸の遊歩道と堤防との間に見えています。
ちょうど納涼床の下を流れている流れが、鴨川ではなくみそそぎ川ということになります。
元は治水対策として設置された水路ですが、その後鴨川本流の河床が掘削され、かなりの高低差ができています(みそそぎ川の水面が、鴨川に比べると、高い)。

鴨川は過去幾度となく氾濫し、白河天皇をして「鴨川の水」「サイコロの出目」「延暦寺の僧兵」をあわせて「三大ままならぬもの認定」しています。
そういうわけで、今日の鴨川は一見穏やかなようでいて、河床掘削や堰設置など治水のための大改造を受け続けた人工の姿でもあります。

<疎水>
新幹線で京都に着く直前、車窓に目をやると2本の川が並行しています。
これが正確には鴨川と、人工の運河「琵琶湖疎水」です。
疎水は川端通りの地下を暗渠で流れ、七条を過ぎてようやく顔を出すため、新幹線の高架橋からでないとうまく見えません。
この疎水ははるばる山を越えてきた琵琶湖の水でして、川面の高さがかなり違います(言うまでもなく、高い方が疎水)。
なお、京都市史に燦然と輝く大事業、疎水のお話はこちらで。

■三川合流、そして淀川へ

南区から伏見区にかけては、阪神高速や名神などの高速道路や、国道1号などいくつもの幹線道路の下を通り、周囲も工場や住宅が雑然と立ち並ぶ、よくある都市近郊の風景となります。
ここまでくれば、鴨川らしさを感じる要素はほぼ皆無ですが、河原の遊歩道だけは、上賀茂から途切れることなく、桂川、宇治川とも相次いで合流し「淀川」と名を変える地点まで続いていきます。

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