コロナ禍の京都点描

2020年4月17日、近隣の大阪兵庫に遅れること10日、ついに京都府下にも新型コロナウイルス感染症に対する緊急事態宣言が出されました。

報道では目にすることもないであろう、解除されるまでの京都市内の様子を、市民の目線、日記形式でお届けします。
皆さんの地域の様子と比較して、いかがでしょうか。

■4月11日、町内にある民泊に泊まる

首都圏や阪神地域では既に緊急事態宣言が発令されていたこの頃、市内の宿泊施設は休業の決断はできず、かといってお客さんもなく、宙に浮いたような状態に。
町内の民泊も例外ではなく、破格の宿泊料金に思いがけず予約してしまった。
チェックインに指定されたのは、少し離れた新しいホテルのフロント。
手ぶらで出かけ、近所の住所を書くのは妙に恥ずかしい。
それにしても、徒歩20秒の非日常空間で、家族とともに大きなお風呂に入ってカレーを作って食べたのは、長いコロナ自粛生活の中で良いアクセントとなった。
なお、コロナ流行前から飽和状態であった民泊物件は、多数が売りに出ている。
知人のゲストハウス主人は「バイト探すしかないか―」とぼやいていた。

■4月13日、電車もバスも窓を開けての運行が当たり前に

朝はまだ冷えるため、吹き込む風に凍えながらの通勤。
京阪バス車中では、グーグルマップの仕業で、清水寺へ向かう外国人観光客が「五条坂」で降りるべきところ、次の「池田町」まで乗り越してしまう現象が続いていた。
対策として、この春から英語で注意を促すアナウンスが導入されたのだが、その効果は発揮されることなく、僅かな日本人を乗せた車中に淡々と響く。

■4月17日、ついに緊急事態宣言発令

この日を境に、目に見えて休業する店舗が増えていく。
あれほど溢れていた外国人は、視覚からも聴覚からも、完全に消えてしまった。
会社から帰る地下鉄東西線は、1両に2人しか乗っていないようなありさま。
これが本当に京都なのか?

■4月22日、粘る立ち飲み屋

二条駅前の映画館が入った複合施設「Bivi」がこの日から閉館。イオンモールは17日から、伊勢丹や大丸はもっと早くから休店中。
しかし、四条大宮近辺では、3蜜の極致である立ち飲み屋が、今日も元気に営業中。
周辺の居酒屋が続々と休業に入っているため、輪をかけて密集していく様子で、傍目にも心配。
近所でも、そういう噂は早い。あそこのゲストハウスはゆうべ大声で談笑してた、あそこのラーメン屋は、席の間隔狭くて危ないなど。皆よく見ている。

■4月29日、静かなゴールデンウィーク

ステイホーム週間ということで、なるべく家にいる。
スーパーは時間帯をいろいろ変えても、常に混雑。ティッシュやトイレットペーパーは戻ってきたが、マスクはまだない。それと、パスタ、ラーメン、小麦粉、ホットケーキ粉、お好み焼き粉、たこ焼き粉が棚から完全に消えた。
普段のランニングコース・二条城の周りは、暇を持て余した市民ランナーや小学生を連れた親子達が、朝早くから夜遅くまで、ランニングに勤しんでいる。
観光バスも、タクシーも、入城チケットを求める行列も皆無ではあるが(二条城は閉鎖中)、周回道路はいつもより人出が多く、走りやすいとは言えない。
そして、洛中でホテルを建てまくっていた中堅チェーンの倒産が報じられる。
正直、同情の思いは湧いてこない。

■5月2日、息子を連れて鴨川へランニング

GW中の毎日の日課である二条城ランニングにも飽きて、鴨川まで足を延ばすと、驚くほどの人出。
外で密にさえにならなければと、自分のような考えのもと、集まってきたのだろう。
それにしても、この時期の鴨川から眺める、青い空とかすむ山々、土手に萌える若草色の色彩は「山紫水明」という言葉以外に言い表せない。家にこもっているのがばかばかしくなってきてしまう。
居合わせた皆が、若干の後ろめたさとともに、そういう思いにとらわれていたのではないか。
そういえば、今年は街に揚がる「こいのぼり」が、やけに少ない気がする。
商店街に、マスクを売る臨時販売所が現れる。50枚4,000円って、誰が買うんだろう。そもそも、売っている人は誰なんだろう。

■5月9日、帰宅ラン

京都マラソンを終えてからも、時間の余裕のある日は、ときどき公共交通機関を避け、走って帰宅することにしている。
それにしても、京都随一の繁華街、河原町三条から、寺町のアーケードの先まですっきり見通せるというのは、未だかつて経験したことがない。
この間、近所ではパチンコ店の閉店が相次いだ。
居酒屋・飲食店は店頭のテイクアウトで必死に営業しているが、人通りそのものが少なく、気の毒でしかない。

■5月16日、前日に、京都府に対する緊急事態宣言が解除

本日の帰宅ランでは、東山トンネル脇の清閑寺から清水寺へ抜けた。
途中で、くだんの池田町バス停から上がってくるルートと交わるのだが、こちらから行くと、拝観料は徴収されない(出るときに払ってください)。
清水寺境内は散歩に訪れた様子の数組の老夫婦や、女子大生と思しき二人組とすれ違ったのみ。
清水の舞台にも数名の人影が見えるだけ。
門前は静まり返り、どの店も閉じている。
産寧坂へ右折しても、歩いている人はほぼいない。この光景には、衝撃を受けた。
5月の抜けるような青空、明るい午後の光と、どこまでも続く静寂。
自分以外の人間が消えてしまったような錯覚を覚える。
まさか、自分が生きているときに、こんな体験をするとは。
丸山公園まで行くと、地元の子供たちがボール遊びに興じており、ほっとした。

■5月20日、祇園祭の山鉾巡行と神輿渡御の中止を発表

もともと疫病の流行に対してその原因とされる悪霊退散を願って始められた「御霊会」をルーツとする祇園祭。密集が避けられないのは言わずもがなであるが、今やらずしていつやるのか、との思いもあった。
少し調べると、山鉾巡行の中止は、1962年の阪急電車地下延伸工事の影響以来であったが、どうやらそれ以前にも戦時中、明治年間はコレラの流行で度々中止
の憂き目に遭っているようだ。ちなみに「本能寺の変」の年も、11月に延期になっている。
ただ、人の集まる行事の中止のみで、神事が全て取りやめになるわけではなく、八坂神社の茅の輪も設置されるとのこと。
町内会からは、八坂さんの大祓の案内がいつも通りに来た。
人形(ひとがた)に息を吹きかける。今年は、肺と喉を重点的に。

■5月31日、朝の嵐山

散歩に出かけたが、渡月橋を渡る人はまばら。
南岸の遊歩道では、橋をバックに写真を撮っても、背景に誰も映り込まない。
嵯峨野トロッコも運休、保津川下りは明日から再開。
地元民向けのカフェ店主によると、連休中はむしろ店を閉め、連休後から開けているが、幸い、地元の人々の客足は衰えていない様子。
当たり前のことではあるが、観光需要オンリーの店は厳しく、地元客重視で運営している店は強い。ただ、両方を取る戦術を共存・両立させるのは難しいだろう。
価格帯が違う。立地が違う。生活者と観光客は「お金を使う理由」が違う。

■6月1日、戻りつつある日常

用事があって四条通を通ったが、久々ににぎわっていた。
大学生や、サラリーマン達が、暑い暑いと言いながら通りを歩いている。
百貨店をはじめ、ほとんどの路面店も通常営業に戻り、人通りも戻ってきたようだ。
しかし、当たり前のように聞こえていた、外国語の会話は、まだ全く聞こえないまま。
きっと、昨年までと同じ日常を取り戻すことはできない。
これからは、今までと違う、別の日常を送ることになるのだろう。

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