琵琶湖疎水のはなし(後編)

前回は、滋賀県民の「琵琶湖の水止めたろか!」発言に端を発し(?)、琵琶湖疎水についてご紹介してまいりました。

当社は京都の中でも滋賀県に近い山科区に属し、社員にも滋賀県から通う者が複数おります。

前回コラムは彼らの反応がある意味怖かったのですが、特に釘を刺されることもなかったので(?)、遠慮なく続けます。

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□誰もが知ってる疎水の姿

さて、ひとくちに「琵琶湖疎水」と言っても、どこにでもある郷土の近代史、小学校の社会科の授業みたいで、市外の方にはピンと来ないかもしれません。

しかし、意外に多くの人々の頭の中で、疎水は「京都の風景」として定着しているのではないかと思います。以下、代表的なものをピックアップしてみます。

・蹴上インクラインと桜のトンネル

インクラインとは、傾斜鉄道のことで、高低差の急な南禅寺船溜まりから、旧東海道・三条通に沿って蹴上の疎水3号トンネルの出口まで、荷物を船ごと台車にのせて上り下りさせてしまう仕組みです。

廃線跡には、特徴的な軌間の広いレールが今も残されており、自由に歩くことができます。
周辺には桜の木が密生し、春には見事な桜のトンネルが広がります。

界隈は新緑も紅葉も美しく、また京都の中でも格が高い「ウエスティン都ホテル」のすぐそばですから、ウエディングフォトの撮影現場として定番です。
最近は、海外カップルの方のほうが、多く見かけます。
私が自転車通勤しているそばで、パチリ、パチリ。日中は人でごった返しますからね。朝早くから、ご苦労様です。

・南禅寺の水路閣

琵琶湖疎水は、蹴上から西へ向かう本流と北に向かう分流に分かれます。

このうち分流は、北が高く南が低い京都の地形に逆らい、南から北へ水を流すため、蹴上から標高を下げず、南禅寺境内を高い水路閣(水道橋)を渡して通過しています。

アーチ形のレンガ造りが美しい水路閣は、若き技師・田邉が設計したもので、皆さん有り難そうに写真撮ってますけど、完成当時は「周囲の景観にそぐわない」など、散々な言われようだったようですよ。

そもそも、力のあるお寺さんの境内を、この巨大な構造物でぶち抜くというアイデアそのものが、よく許されたものだと思います。
今だったらこんな調整、容易ではないでしょう。

・哲学の道

水路閣の先、若王子神社から銀閣寺近傍までの疎水沿いの道が「哲学の道」です。

修学旅行で訪れた時は、ただの用水路の脇道が何で哲学?と思ったものですが、近隣の京都大学の哲学者たちが、散策しながら思索を巡らしたことからそう呼ばれるようになったとか。

今では観光客が多く、まっすぐ歩くのもままならぬ中では、落ち着いて思索を巡らせるには不向きな環境と言わざるを得ません。
市民の間では美しい桜、そして野生の蛍が見られる場所として知られています。

他にも、伏見の立派な運河群や、祇園の町なかを流れる清らかな白川の水も、実は琵琶湖の水(正確に言うと、白川と疎水の混合)だったり、とにかく、京都の風景としての疎水の存在感は、大きいのです。

□疎水の舟運が復活

さて、今年度から主に観光客向けに、大津から蹴上まで船で疎水を通り抜ける「疎水船」が就航しました。
疎水をお客さんを乗せた船が通るのは、実に64年ぶりということです。

ちなみに、疎水の客運が現役だった当時は、所要1時間22分!の長旅ではあるものの、船賃はたったの4銭で済んでいたようです。

今年から復活した観光船の乗船時間は55分で、シーズンによって変動する料金は4,000~8,000円。
率直に高価だと思うのですが、疎水の水路の幅は狭く、また水運が途絶えた後に行った経路変更も災いし(新たにトンネルを掘って経路短縮した結果、急カーブが生じた)、14人乗りの小型船での運航を余儀なくされたのが高コストの要因だそうです。

なお、同じ区間(浜大津~蹴上)は、京阪電車で20分弱、380円ですから、現代の水運はアトラクション感覚、船で疎水を往くという「体験」に価値があるという解釈をすることになります。

果たしてこの疎水船、定着するでしょうか?
現状では、随分先まで予約でいっぱいのようです。

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□それで、実際に琵琶湖の水を止めたらどうなるのか?

さて、前回冒頭の「琵琶湖の水止めたろか!」に対して、実際にそうされたらどうなるか。答えは明白で「京都は死活的に困る」です。

現在、京都の浄水場は蹴上、松ヶ崎、新山科の3か所。全てが疎水を水源にしています。
(新山科のみが一部宇治川から取水…それも遡れば琵琶湖。)

ただ、大阪府民はどうかと言えば、少し様子が変わります。

巨大な琵琶湖ですが、流れ出る先はたった一つの川・瀬田川のみです。
瀬田川は流れる地域により宇治川、淀川と名を変え、最終的には大阪湾へ注ぎます。大阪市の水道は、この淀川を水源としています。

ところが、淀川は、琵琶湖からの瀬田川だけでなく、木津川や桂川という2つの大河川を支流として抱えていますので、仮に瀬田川からの流れが止まったとしても、水が枯れるわけではありません。
「琵琶湖の水~」は、大阪府民に対する殺し文句としては、やや分が悪いですね。
(それでも、1/3程度にはなるようで、ただでは済まない)

しかしながら、それ以前に、琵琶湖の水を止めると他ならぬ滋賀県自身が困る、という矛盾があります。

というのも、琵琶湖の流出口には「瀬田川洗堰」という水門があり、「琵琶湖の水を止める」とは、これの全閉を指すと考えるのが自然です。
ところが、これを閉めたところで、膨大な琵琶湖の水はすぐに水門を越流し、付近の県庁所在地・大津の街が大氾濫状態となるのは必至です。

仮にこれを耐えられるようにしようと思えば、瀬田川の堤防には異次元の高さ、堅固さが要求されます。

また、身も蓋もない話ですが、瀬田川洗堰は国の管轄であるため、滋賀県の一存で開閉する権限がありません。
というのも、瀬田川洗堰の設置目的は、下流である京都大阪方面の洪水抑止とともに、瀬田川そのものの治水機能にもあるのです。

大雨に見舞われ、滋賀県側が危険回避のために水を流したいときは、下流も危ないので流さないで欲しい。
渇水に見舞われ、滋賀県が水を堰き止めたいときは、下流も渇くので止めないで欲しい。

このように広域の利害調整をはらむ上に、下流の天ケ瀬ダム(京都府宇治市)との連携した操作が必要になるので、端から滋賀県の意向だけでどうにもならない
ようにできているという、国による喧嘩仲裁(?)の仕組みがありました。

なお、琵琶湖疎水の取水口についても瀬田川洗堰同様に、滋賀県単独の意思決定ではどうこうできないのが実情のようです。

ちなみに、京都市は、毎年「疎水感謝金」として、2億円余りを滋賀県に拠出しています。感謝金、というのがなんとも歪曲で味わい深いですね。
天然資源で対価を得てはならない、という法解釈から、寄付金の扱いを取っているのだそうですよ。

というわけで、今後は滋賀県民側から「水止める」発言がなされましたらば、

「止められるもんなら、止めてみなはれ!」
「一応うちらも金払てんのは、知ったはりますよろな??」

などと応戦することが可能です。
(そうなる前に、くれぐれも仲良くしてくださいね。)

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