地蔵盆がやってくる

京都の夏の終わりの風景としては、大文字の送り火(8月16日)が思い浮かびます。しかし、市民にとっては、その約一週間後に行われる「地蔵盆」もまた、季節の区切りを象徴する行事なのではないでしょうか。

特に子供たちにとっては、地蔵盆が終われば、長かった夏休みもおしまい。
学校が始まり、日常が戻ってきます。

他地域からお越しの観光客の皆さんにはちょっと不思議な、洛中の夏の風物詩をお伝えします。

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■京都とお地蔵さん・地蔵盆

京都の碁盤目のまちなかを歩いていると、路地の至る所にお地蔵さんがまつられています。古いものは平安時代以来、その数はおよそ5千体にも上ると言われています。

そして、このお地蔵さんを中心に町民が集まる「地蔵会」(後の地蔵盆)と言われる行事は、江戸初期から記録に残っています。

町内にまつられたお地蔵さんを祠から出して飾り付け、その周りに町民が集まって読経したり、ゲームをしたり、飲み食いしたりしながら親睦を深める、というのが一般的ですが、実はこうした行事内容自体は、当初からあまり変わっていないようです。

また、子供が主役の行事としてとらえられており、大人が子供を楽しませるために、出し物を企画したり、おもちゃやお菓子を配ったり、といったことも多く行われます。

なお、地蔵盆は関西地方に集中する独特の風習で、中部圏以東ではほとんど見られません。

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■町によって様々!地蔵盆行事の実態

地蔵盆自体、取り仕切る上部組織があるわけでもなく、各町はそれぞれが独自に趣向を凝らすため、大枠はともかく細部はバラバラで、そこがまたおもしろいのです。

お地蔵さん自体の扱い
・路地にまつられているお地蔵さんをそのままお連れする(一般的)
・路地のそれとは別の、木彫りなど上等なお地蔵さんを町会長の家から出してくる
・仏画を掲げる(掛け軸スタイル)
・お寺に借りる(レンタル地蔵!)

出し物の種類
・数珠回し(直径2~3mの大きな数珠を、和尚さんの読経に合わせ、みんなで回す)
・お菓子配り(袋菓子にアイスにケーキ…)
・くじ引き(子供にはおもちゃ、大人には日用品が当たります)
・路地ですいか割り
・路地で焼き肉
・バスで食事しに出かけていく(お地蔵さん置いてきぼりかーい!)

運営主体
・町内会
・学区の自治連合会
・マンションの管理組合(マンション内で実施するケースもごく稀にあるようです。もちろん、お地蔵さんは借りてきます。)

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■曲がり角を迎える地蔵盆

楽しげな地蔵盆ですが、近年は少子高齢化が進み、特に京都は盆地で土地が狭く地価が高いため、若い世代は郊外に家を買うか、町内会組織のないマンションに入居するケースが多く、肝心の子供達が減っている町が増えています。

例え子供がいたとしても、昔と違い、現代の子供達は夏休みも習い事や学校のプールや補習、ゲームにテレビと娯楽も多く、彼らの中でも地蔵盆の「行事としての存在感」は低下しています。

このため、お菓子を配る時間は来るけど、それ以外は家に引っ込んでいるとか、どこかへ出かけてしまって顔を出さない、なんて子も多いようです。

また、大人は大人で準備が大変で、日中勤めに出るお母さんも増え、近所づきあいが煩わしいと考える方も増えています。全国的な流れですが、京都だけが例外、と言うことはやはりありません。

それでも頑張って子供らの気を引きつつ、お地蔵さんのお祭りという趣旨を踏まえつつ、新しいことを考えるのはなかなか大変です。多世代が集まりますから、それぞれが子供の頃の大切な思い出として「私の地蔵盆観」を持っており、調整も大変。

結果、取りやめてしまう町内も増えているようです。果ては、年寄りばかりではお地蔵さんそのものを管理しきれないから、お寺に返還するという事態も。
この居場所がなくなったお地蔵さんが、地蔵盆の時に「貸し出されるお地蔵さん」なのです。なんだか寂しいですね。

近年は高齢者だけでなく、子供やその親の孤立がよく取りざたされます。
こうした時代背景を受け、地蔵盆は宗教行事と言うよりは、地域住民の交流のきっかけとコミュニティの維持といった目的・性質を強めています。
ともあれ、先祖代々続いてきた行事ですから、何とか大切にしたいですね。

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地蔵盆が終われば夏が終わり、また日常が戻ってきます。お地蔵さんの掃除は町内で当番制で回ってきます。私の町では、日々取り替えるお花や、掃除用具の更新などは全て地蔵盆の際に集まったお供えで賄われ、町費とは区別されています。

前を通りかかる度に手を合わせる年輩の方、祠の前で遊びに興じる子供達。
きれいに手入れされたお地蔵さんが、今日も路地を見守る。

徐々に失われつつありますが、まだまだ見られる、これも京都の風景です。

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